感情的になることよくないのですが、あまりにも醜いページが存在しました。
いてもたってもいれなかったので、このページを作ることにしました。
とりあえず下記URLでご覧になって下さい。そして、そこに書いてあることを冷静に考えて見てください。
こんなページのために税金が使われていると思うと!!!
国土交通省河川局 http://www.mlit.go.jp/river/
あからさまに他人を非難するのは嫌いです。 また、全てのページをよく読んでいないので極一部により非難するのはよくないのですが、 これは次元を越えています。
このページを見て、家にある数冊の本を引っ張り出してきて読み直して考えてみました。
まだ、よくまとまっていないし、調べなければならないことが沢山ありまが、
とりあえず箇条書きでも書こうと思います。
ダムの価値を評価するとなるとあまりにも大きな課題となってしまうので、 森林の役割について間違っているとおもわれる箇所を上げたいと思います。
森林の果たす機能はそれだけなのか? 動物が海から上陸するずっと以前から、植物は上陸し動物の生存できる環境を造ってきた。 森林は無機物から有機物を造り、それを動物が消費する。そして無機物に分解される、この大きな循環の根元を果たしている。 ここではダムの利水効果について論議しているのに、 安易に、軽率に上記3つの、ほんの極一部の機能だけを表記し、 その価値を認めることでダムを美化しているにしか思えない。 その安易さは、次につづく文で明らかになる。
最後に「非現実的」と断言している。複雑な自然のしくみを、あたかも、分りきっているような表現である。 断言しているからには、よほどこの後に科学的、論理的に証明がなされるのだろう? 人は自然を単純に考えすぎる。人間社会の一時的な利益にしばられ、しばしば、そうなるように思える。 水を自由に扱いたければコンクリートで押さえつける。 ある特定の植物だけ育てたければ、その植物の害なるものをそこから抹殺する。 この「非現実的」という言葉に、人のあさはかさを感じぜずにはいられない。
まず、自然環境を相対的に見るのは危険すぎる。森林は絶えず変化しているし、地形や気候、人の生活様式、文化までもが関わってくる。 ※日本はあくまで日本の中で考えるべきだと思う(もっと細かい単位でも)。
次に、森林といっても沢山ある。現在、日本の約40%は人工林である。
戦中後に大量に伐採し、土壌を破壊したうえに、
経済的なスギだけを植えて出来た若い森林(ここでも自然を単純化している)である。
さらに悪いことに、日本の気候に合わない安い木材の輸入で林業は廃業に追い込まれ、
ほとんどの人工林は野放しとなっている。
「良好に保存されている時期」といっているが、どの時期に対していっているのだろうか?
健全な森林を増やす努力はしなくいいのだろうか?
※世界的に森林が減っていることを考えることは重要である。
世界的な森林の破壊は、大量の木材を消費する先進国が引き起こしている。
一時的な利益の為に森林を切り開く。その後には、何も生み出さない土地が残り、
そこで生活していた人やその文化、動植物全てがなくなる。
あたかも、森林が無い方がよりよく水が得られると思われるような表現である。 デカデカとある「森林の有無による流出量の違い」の図は幼稚で誤解を招き易く出来ている(わざとそうしているのだろうか?)。 まず「森林あり」と「森林なし」で比較をしているが、その違いが全然わからない。 先ほども述べたように森林とはどんな森林を差すのだろうか? どんな木が生えているのだろうか? 若い木なのか、成熟した木は多いのか? 次に「森林なし」とは? 草が生えているのか? 森林を伐採した後なのか? コンクリートで固めた土地なのか? これだけでも資料としては意味がない。
更に縦横軸に単位が無い!
「降水量」、「流出量」、「時間」、「洪水時」、「渇水時」これら全てどんな量なのかわからない。
わからない上に波線で中間部を省略している。
見た目には、なにか科学的に研究された結果みたいな印象を受け誤解を招き易い。
ずさんな資料である。
そして、最後にもっともなことと思われるのだが、「ダムあり」と「森林あり」を比較することによって、 初めて代替が非現実的かどうかを示せるのではないだろうか。 「樹木からの蒸発散量」と「夏の直射日光にさらされた人造湖の蒸発量」を比べてみるのはどうだろう?
これだけは絶対許せない表現だ!
消費するのは人である。
森林は二酸化炭素を酸素と炭素に分解して炭素を体内に蓄積し、
酸素を空気中に放出し、河にはたくさんの栄養素を流している。
そのために太陽光と水を使うのである。
「水を消費」というならば、「太陽光を消費」ともいえるのではないか?
酸素と木材を大量に消費するのは人である。
このページでは「経緯」と「実態」に別けてアメリカのダム事情について述べていますが、 この「実態」の項では何も実態が述べられていません。 「アメリカにおけるダム建設の時代は終わった」との発言はどのような経緯で述べられたのでしょうか? 経済優先のアメリカが、ダム先進国のアメリカが何故。 ここに実態の焦点はあるように思えます。 何故という疑問に何も答えてくれず、 先の「緑のダム」と同じようにデカデカとした無意味な図がほとんどを占めています。
資料に出てくる「アメリカン・リバーズ」という市民団体は、どんな団体なのでしょうか?
資料の注に出展はホームページよりと書いてあります。
こういう場合、普通、ネタ元のリンクを張ります。しょうがないので検索エンジンで探しみました。
そこには疑問を解消してくれる内容がありました。
翻訳 アメリカン・リバーズ (原文 American Rivers) http://www.amrivers.org/
自然や環境に対して発言する時、必ず心が重くなる。 自分は人であり、都市に生活をしている。 生活の中で大量にいろいろなものを消費し、また破壊する。 身の周りからは、共に生活している動植物が無言で消えていく。 箱庭のような「自然」の中で心を癒している。
≪ヌルマユ湯ノヨウナ環境ノワガ家、ワレワレノ敵デモナイ、味方デモナイヨウナ知合イさーくる≫
とりあえず、思ったまま書いたので、文脈がおかしかったり、 推量などが多く含まれることをお詫びします。
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