平成12年12月、宮ヶ瀬ダムが完成した。 子供の頃よく遊んでいた中津渓谷がいずれ沈むことは、子供の頃から知っていた。 しかし、その意味は、当時からつい最近まで、理解していなかった。 地元を離れ東京に移り住み、 ようやく今、約20年が過ぎて、その意味を理解しつつある。 それを確かめに、思い出の地に行ってきた。
宮ヶ瀬ダムのビジターセンターに着くと、以前に来たときよりも、 緑が増えて、綺麗に整備された公園が湖畔に広がっていた。 広い芝生、水辺を模したビオトープ、カヌーロッジ、遊覧船、大きなモミの木、 沢山のものが急ピッチで出来上がっていた。 工事していた頃から比較すると、緑が戻ってきたような印象はあるが、 なぜか殺風景に思えてしょうがない。 芝生や水辺で無邪気に遊ぶ子供、「綺麗になったね」と関心する家族連れ、 一見、平和そうな光景に見えるが、しかし、何か忘れていないだろうか? 目の前の風景からは、ダムが出来る前の風景が一切消し去られてしまっていた。 昔の風景を知らなく、ダムが出来たことにより始めてそこを訪れた、 都市に住む人、特に子供から見れば、ダムが出来たことにより、 「すばらしい自然が出来た」と錯覚してしまうのでは、と思ってしまった。
ダムの有効性は果たしてあるのか疑問だが、 一つ言えることは、あくまで人の為に造られたものである。 ダムの建設と共に、周辺に色々な施設を造るのはいいが、 まず先に、その施設や公園において伝えなければならないものは、 「この広大な湖面の下には、ごく最近まで、 谷があり、森があり、川があり、村があり、 そこでは、沢山の生き物が何万年もの間、営みを続けていた。」 ことではないだろうか。 そして次に、 「かつて歴史上に無いほどの消費社会は、ここまで自然を破壊しないと維持できない。 このまま同じ生活を続けていて、いいのだろうか?」と問わなければならないと思う。 どのダムにいっても同じような観光施設や教育施設、 「自然との共生」や「コミュニケーション」をうたい、 「自然の脅威から人間社会を守る」とうたい、 そして未だに、「クリーンな発電」とうたい、 全てを美化してしまう。 それは、まるで湖底に沈んでいる白骨化した木と、堆積していくヘドロや土砂を、 よどんだ水が覆い隠すがごとく。 観光案内のパンフレットに載っている黒四ダムの写真に写っている水は、綺麗に見えますか? これでは、何も考えなくなり、 これから先も、何も省みず、開発だけを暴走させることになってしまうのではないだろうか。
この巨大なダムが出来てしまってからでは、どうしようもない。 たとえ壊したとしても、自分が生きている間にまた同じ風景に戻ることはありえない。 このダムが何年持つかわからないが、 たぶん自分が生きている間は、なくなることはないだろう。 一生この巨大なダムと付き合っていかなければならないのだ。 どうしようもない悲しみが心の隅に、巨大なダムの重さ分、のしかかってくる。 以前読んだ、日本版画作家 清宮質文(せいみやなおふみ 1917-1991)の雑記帖に書いてあった一文を思い出す。
「かつて何百年か以前に、人間が始めて自分の心(感情)を意識したとき。 それは「悲しみ」ではなかっただろうか。「悲しみ」とは、人間社会にかせられた「人間」たる所以なのだろうか。 自分はこの「悲しみ」を噛締めることができる分、「幸せ」なのかもしれない。 この「悲しみ」がある限り、自分はこの巨大なダムを壊したいと望むだろう。 何百年後になるかわからないが、元の風景に戻したいと望むだろう。 そして、他の場所で同じことが繰返されないことを望むだろう。
育った地元を批判するのは非常に辛いものがある。自分の生活を省みるとともに、
今望むことは、
日本でダムが壊される時代が早くくることを!
