![]() 左:山の端を歩く。 スギの植林と隣合わせにブナ林がある。 風が強く幹が補強されている 右:ブナに生えたツリガネタケ。 倒木により傘が変形している。
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![]() 立ち枯れるブナ
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![]() 倒木したブナ 2001.5.6 丹沢 |
丹沢のブナゴールデンウィークの最終日に丹沢に行ってきました。 小学生から高校生までの間、神奈川県の厚木で育ったので、丹沢や大山にはよく遊びに行きました。 偶に帰省しては近くの山に行ったりしていますが、小さい頃とは幾分違った風景になっていることに気がつきます。 裏山にはカブトムシはいなくなり、湧き水の水量はすくなくなり、 眼にみえてはっきりとはわからないのですが、動植物の種類が減って、変化に富んでいなくなったような感じがします。
厚木市のとなりに清川村があります。そこに宮ヶ瀬ダムができあがり、水もかなり溜まってきました。 その湖底にはよく川遊びした渓谷がありました。 谷川沿いにあった集落は整備された湖畔に移動し、広い道が新しくひかれました。 そして、以前よりかは多くの人が来るようになりました。 でもなにか変な気分になります。 思い出の場所がなくなるのは悲しいことですが、それ以上に、これから先、そのまたずっと先、 この場所はどのようになっていくのだろうかと不安になります。 大山・丹沢山系が出来上がってから何年になるかはわかりませんが、 多分何百何十万年にはなるかと思います。 その間ずっと営み続けてきた生態系を、ダムの開発により、いっきに崩してしまったのです。
ダムはもちろん人間の為に作られます。でも本当に人間の為になっているのでしょうか? この頃は、多目的ダムなどといわれて、発電・飲料水の確保・レクリエーション・洪水・砂防などいろいろな目的をもっていると言われていますが、 本当に役に立っているのかどうか疑問視する意見が沢山でています。 いずれにしても、生態系を壊していることは確かで、その生態系の中に人はいます。 ダムは何百年も持ちませんが、何十年後、何百年後には必ず、その影響が人に及ぶと思います。 もっとも、自分にしてみればレクリエーションは全然違うと思います。 逆に、ほとんどの遊び場はなくなってしまったと思います。
その宮ヶ瀬ダムの奥に丹沢山系が広がっています。ダムを通り越して、渓流の側を登っていくと山頂付近にブナ林があります。 ブナ林は、その枝ぶりといい、幹の表面についた地衣類の模様といい、力強さと人が踏み入れてはいけないような神聖さがあります。 ヨーロッパでは妖精が住むといわれているのがうなづけます。 やっと芽吹き始めた、ブナ林のなかで、昼食をとりました。 座っているそばの腐葉土をよく見てみると、沢山、ブナの実が落ちていました。 でも、そのブナ林も昨年行った岩手県の七時雨のブナ林にくらべるとすこし閑散といる感じを受けました。 大木の倒木が目立ち、若い木が多く、密度が余りなく感じられました。
山から帰ってきて数日後、本で調べてみました。 そこには、日本全国で立ち枯れる沢山の森が紹介され、その中の一つに丹沢も含まれていました。
丹沢は首都圏から60Kmほどの距離にある。調べる前から、もしかしてという、嫌な予感が当たってしまいました。 酸性雨によりヨーロッパではたくさんの森が消えているという話題は知っていましたが、 身近の山にも影響が及んでいることは思いもよりませんでした。 休日なると新宿御苑や明治神宮に行って、動植物をみて楽しんでいるのに、 本当の森がこんなに深刻な問題を抱えていることを知らない、その無知さにいらだちを感じました。 でも今、何をすればいいのかわかりません。 もう少し注意深く丹沢のブナを観察してくればよかったと後悔しています。 とりあえず、住んでいる周辺の木や森林を注意深く見てみようと思います。
稜線上にブナの林が広がっている。
丹沢の調査をヘリと地上から行った。
稜線上に立つブナは枯れて倒れてしまっている。 生き残っているブナも大半の枝はもぎとられて衰退が激しい。
丹沢で山小屋を経営している鍋割(なべわり)山荘の草野延孝さんは丹沢のブナの衰退の様子を次のように話す。
「1980年代の半ばになってブナの異常に気がつきました。 1990年代になると枯れが強まってきました」
「山小屋の飲料水は、これまで雨水をステンレスのタンクにためて利用してきました。 1990年頃から褐色のおりが混じるようになり、利用できなくなってしまいました」
「小屋の前にはスズタケやススキがたくさんありましたが、今は消えてしまいました」
ブナは多くの水分を要求する木で、乾燥の強い稜線上でブナが生育できたということは、 水分に恵まれたと考えられる。 この水分を定期的に運んでくれたのが霧で、霧がもたらしてくれる水分は年間雨量の3割になるというデータもある。
1960年代からはpH3台という強酸性の霧が観測されるようになった。
この頃から大山(おおやま)のモミが枯れはじめ、このモミに続いてブナが枯れはじめてきた。
1988年から大山、丹沢で酸性霧の測定を行ってきた神奈川大学の井川学教授は、pH2.6という強酸性の霧を観測している。
神奈川県は丹沢の立ち枯れ原因は酸性雨によるものだ、報告している。
ササが消えて下草には毒性のコバイケイソウが繁茂していた。 エサをなくしたシカはコバノトリネコなどの樹皮をかじっていたが、 十分な栄養がとくなくて餓死するシカが続いている。
「消える森 甦る森」 著者 宮下正次 東洋書店
